少女から大人へ変わる4年間を殺しと復讐に捧げた「A KITE」

重力や物質の硬度を完全に無視して痛快かつしなやかに動く少女のアクションシーンを描かせれば右に出るものはいない梅津泰臣のもう1つの代表作が「A KITE」だ。少女から大人へと変わる4年間を殺しと復讐に捧げた、飛び散る血と暴力的な性に酔いそうになるクライムサスペンスだ。

A KITE PREMIUM COLLECTORS VERSIONクエンティン・タランティーノがファンであることを公言している梅津泰臣の魅力については、「MEZZO FORTE」のレビューで書いたので詳しくは述べない。「MEZZO FORTE」と「A KITE」の作風の違いを考えるとき、ポップで軽やかだった「MEZZO FORTE」に対し、「A KITE」は復讐譚という物語の性質上、少女の執念が見る者にねっとりとからみついてくる。
少女の情念を表現する上で、性交シーンは作中、重要なシーンとなっている。ベッドシーンがなくても成立しえた「MEZZO FORTE」に対して「A KITE」は性交シーンなしでは物語として成立しない。アダルトアニメとして作品をとらえたとき、完成度という点において「A KITE」は「MEZZO FORTE」よりも勝っていると感じるのはこのためだ。

■千切れた肉塊、飛び散る血と少女。梅津アクションの真骨頂
物語は、少女の殺しのシーンによって幕を開ける。制服姿の殺し屋、砂羽はエレベータの中で芸能人を殺害する。少女の手には、射出後相手の体内にとどまり、時間をおいて爆発する特殊な拳銃。北斗神拳のアタタタタを銃器で再現したと説明すれば分かりやすい。体内で爆発した弾は肉を吹き飛ばし、血を噴き上げる。小型の爆弾もよく登場し、とにかくすべてのアクションシーンは、千切れた肉塊+噴き上がる血+すべてをこなごなに吹き飛ばす爆音+しなやかに動く少女という梅津泰臣以外は想像できたとしても描こうとはしなったであろう壮絶な組み合わせによって展開される。飛び散る血と肉塊に酔いそうになる。

そんな梅津アクションの真骨頂ともいえるのが、トイレで繰り広げられるハリウッドスター暗殺シーン。3人のボディーガードに守られたハリウッドスターを暗殺するのだが、屈強なボディガードを相手に小柄な少女が戦う姿の躍動感はすさまじい。銃と武術、爆薬……一瞬たりとも気を抜けない、判断を誤ると殺されるという状況において、少女の体が跳ね、建物を壮絶に破壊し、間一髪で屈強な男たちを倒していく。それに続く高層ビルからの落下シーンもすごい。「ブルースブラザーズ」でハイウェイから落下するパトカーを見てさすがハリウッドと感心したものだが、それをはるかに超えている。重力や物質の硬度を完全に無視したこのシーンを見るだけでも「A KITE」は十分に価値がある。

■憎悪しかない性交に馴らされた少女は復讐のためにその身体までを
アクションシーンは作品の見どころの1つには違いないのだが、そのことばかりを書いていると「A KITE」を見誤る。砂羽は4年前に一家を惨殺され、刑事とその相棒に引き取られた。少女は彼らによって、殺し屋としての訓練を受けるとともに彼らの性的な玩具にもされている。愛のない…むしろ憎悪しかない性交に馴らされた少女の前に現れたのが、もう1人の殺し屋である音分利。砂羽とは年齢も近い。組織を抜けようとする音分利だが、砂羽に下された命令は音分利の暗殺だった。

同世代で殺し屋という共通体験を持つ少年と砂羽の関係は暴力と狂気の中に身を置くもの同士にしか分からない微妙なニュアンスを含む。愛という言葉で語るには陳腐すぎるが、心が通じ、惹かれあっているのは間違いない。しかし、砂羽は自分の復讐のために音分利を利用することになる。音分利の前でほかの男に抱かれる。自分の肉体すらも復讐の道具にする少女にとって、音分利が自分に向ける視線は些細なことにすぎなかったのか、それとも……と考えると、このシーンほど悲しいセックスはない。物語前半部での性玩具としてのセックスとクライマックス直前の音分利の前でのセックス。この対比が「A KITE」という物語の主題といえる。

復讐が終わり、砂羽は音分利が自分のところにやってくるのを待つ……その結末は……。

A KITE PREMIUM COLLECTORS VERSION
A KITE PREMIUM COLLECTORS VERSIONブランドGREEN BUNNY
発売日2007年12月21日
価格6615円
(C)1998,2000/YASUOMI UMETSU/GREEN BUNNY

2010年02月22日 17時28分